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ドイツ

静かな個性、ミュラートゥルガウをめぐる二本の白

マルティン・ヴァスマー バートクロツィンガー シュタイングリューブレ ミュラートゥルガウ カビネット トロッケン

Weingut Martin Bad Krozinger Steingrüble Müller-Thurgau

参考小売価格:3520円

産地:バーデン

品種: ミュラートゥルガウ

購入元:ヘレンベルガーホーフ

インポーター:ヘレンベルガーホーフ

ドイツの白ワインといえば、まずリースリングが思い浮かぶ。けれど、その陰で静かに息づくもうひとつの品種がある。ミュラートゥルガウ。日本ではほとんど見かけないが、今回はカルディで購入した千円台のボトルと、三千円を超える上級ワインを並べて飲み比べてみた。どちらも同じ品種だが、まるで出自の異なる兄弟のように、印象は大きく違っていた。

カルディの方はドイツワイン法でいうクヴァリテーツヴァイン。生産地が限定された上質ワインに分類され、一定の品質基準を満たした日常的なテーブルワインの位置づけにある。一方、今回取り寄せたのはプレディカーツヴァインのカビネット。プレディカーツとは、ぶどうの熟度による格付けで、補糖が禁止され、果実が持つ糖度や香りをそのまま生かした造りを意味する。なかでもカビネットは最も軽やかな階級にあたり、爽やかで繊細な仕上がりが特徴だ。つまりこのワインは、ぶどうそのものの個性がよりストレートに現れたタイプといえる。

グラスに注ぐと、香りの方向性がすぐに違うと分かる。カルディのワインは果実の香りが中心で、マスカットや柑橘の明るさがそのまま立ち上がるのに対し、バーデンのミュラートゥルガウは花の香りが先行し、奥行きのある印象を残す。香りが幾層にも重なり、時間の経過とともに熟した果実が姿を見せる。どこか洗練された雰囲気があり、上質なワインバーで「少し珍しい白を」と頼んだ時に差し出される一本のようでもある。

味わいの立体感は明らかに異なり、比べてしまうとカルディのワインがやや平面的に感じられる。ただ、それは決して否定ではない。上級ボトルの深みがあるからこそ、軽快さの魅力も際立つ。食事中に交互に飲んでみたところ、グラスが減る速度はほとんど同じだった。つまり、どちらが優れているかではなく、どの時間に寄り添うかの違いなのだ。食前に静かに味わうなら後者、気軽な晩酌には前者。そういう住み分けが自然とできている。

ミュラートゥルガウを他の品種で例えるなら、ブルゴーニュのアリゴテが近い。派手さはなく、主張も穏やかだが、酸味と苦味の均衡が美しく、食と対話する余白がある。一本のワインとしての完成度よりも、飲む人の感性に静かに語りかけるタイプの白だと感じた。

この二本だけでミュラートゥルガウを語るのは難しいかもしれない。それでも、果実の明快さと花香の繊細さ、その両極を行き来する中で、この品種が持つ控えめな品格の輪郭は見えてきた。大声では語らないが、確かにそこに存在する個性。ミュラートゥルガウという葡萄は、そんな静かな誠実さを湛えている。


ABOUT ME
井原大賀
1984年 高知生まれ ワイン系YouTuber。日本初のPodcastワイン番組をプロデュース。令和以降アマゾンで日本一読まれているワイン電子書籍の著者。年間40万ml以上ワインを飲む本物のワインガチ勢が語る再現性の高いワインライフ。お仕事のお依頼、コラボ、PR案件お待ちしております! info@grapejapan.com